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2008年6月29日 (日)

ターシャさんは星になった。

みなさまこんばんは。

今月の26日から、当地方で唯一のデパート(他にもPARCOとかはあるのですけどもね~。デパート的なものはひとつしかないのです~。)にて、「ターシャ・テューダー展」が始まりました。世界的な絵本作家にして、尊敬を集めるガーデナーでもあり、そのスローライフな日常の素敵さから、ロマンチックなマダム達の憧れの的となっているおばあちゃまなのでございます。

が、初日に見に行った叔母の感想を聞いて、まあ、絶対行かなければならないということでもなさそうかな~という気がしましたし、もともとかなりオトコマエの性格であるまき衛門(←おしとやかと程遠いという意味でありますな。)ですゆえ、行こうかどうしようかと思案しておりましたところ、弟から

「ターシャさんが亡くなったよ」

との知らせが。何でも18日に、自宅で眠るように旅立ったとか。享年92歳だそうでございます。

その知らせを、このタイミングで受け取ったということは、やはり行ったほうがいいのかもしれない、と思いました。その生き方もさることながら、自然体で亡くなったことも含めて、彼女の人生の充実ぶりに触れたくなった、ということでしょか。

なので、雨が降っていてあまり植えもん屋が忙しくないと思われる本日、会場に行ってまいりました。

会場には、ターシャの使っていた食器や、手作りのワンピース、お人形、庭仕事の道具等、生活を楽しんだことの証しのいろいろが展示されていたのですけれども、中でもまき衛門の心にぐっときたことがふたつありました。

ひとつは、会場を入ってすぐの所に展示してあった

「人生は短いのよ。文句を言っている暇などないわ。目の前にある幸せを精一杯味わうことよ。」

というターシャの言葉。

もうひとつは、絵本作家である彼女の、絵本の原画たちです。まき衛門には絵本の良し悪しはわからないけれど、彼女の絵の輪郭をなす線を目で追っていると、もうとにかく彼女がどんなに絵を描くことが好きで、それを楽しんでいたのかがダイレクトに伝わってきました。

ああ、そうか。ターシャさんの言葉には嘘がないんだなあと。本当に彼女は楽しみながらいきたんだなあと。だからこんなに世界から愛されているんだなあって、思って、しばらくのあいだ、その楽しさの波動みたいなものに浸ったのでした。

齢を重ねてなお、生きる楽しみを味わうのに貪欲だったターシャさんは、どんなお星様になったのかな~なんて考えてみるのでした。

ご冥福をお祈りします、なんていう言葉も、彼女の前では陳腐な決まり文句でしかないなって思います。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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2008年6月24日 (火)

アイデアル。

みなさまこんばんは。

今日は、今植えもん屋一家がはまっている植物をご紹介しようかなあと。

080624_17100001_2 この春植えもん屋の店を庭的売り場に改装しました際に、枕木で菜園をこしらえました。

Ueda_004 で、そこにいくつかの野菜を植え込んだわけなんですけれども、その中のこの植物がちょっとお気に入りなわけです。

Ueda_005 和名を西洋フダンソウといい、昔から一般的に育てられていたフダンソウの仲間なのですけれども、大きなくくりで言えばホウレンソウにも近い種類なのですな。

で、この西洋フダンソウは、流通名を「スイスチャード」といいます。

080624_17070001 そのスイスチャードの、中でもこの「アイデアル」というシリーズは何と七色の茎の色を楽しめるというので人気の葉物野菜なのでございます。黄色、赤、オレンジ、ピンク、白、それらの中間色…。

こんな男前のお野菜ですゆえ、西洋では野菜としてだけでなく、花壇素材としても人気のある植物なのでございます。

この地方でも、以前からひそかに流通してはいたのですけれどもね、最近徐々に人気が出てまいりまして、今年仕立てた苗が例年にない売れ行きをみせております。

001 今までは売るばかりでしたが、せっかく菜園に植えたのだからといそいそと収穫して食べてみたのですけれども、これ、なかなか美味しいです~。

葉っぱはホウレンソウのような、茎の部分はクセの少ないセロリみたいな味わいです。サラダ、野菜炒めにもいいのですけれども、ちょっとお湯であくぬきしてマヨネーズでシンプルに食べるのが一番美味しいかなって思います。

プランター栽培やベランダ栽培でも作りやすいし、収穫してもすぐ次の葉が生えてくるし、なにより目で見て楽しいっていうのが嬉しいのでした。

苗でも流通しますが、種を蒔いてからの成長も早いので、夏休みの自由研究にもいいのかなあなんて思ってみたり。栄養価も高いですしね~。見てるだけでも元気になれちゃう気がします。

ちなみに植えもん屋一家はスイスチャードとは呼ばず、もっぱら「アイデアル」と呼んでいます。なんか「愛である。」と断定的に言い切られてるみたいで、愉快です~。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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足裏につたわるもの。

みなさまこんばんは。

最近少し悩んでいました。あるいは迷っていた、と申しましょうか。

まき衛門には植えもん屋界の師と呼ぶべき人がいません。両親が始めた店を手伝っているのですから、もちろんいろんなことは両親に教わりながら、また見聞きして覚えてきたわけなのですけれども、そういうのって、もっと自分の世界を広めたいなって思うとき、やっぱり壁があるなあって思うのです。

やはり自分の中に確固とした価値観を築くためには師の存在って大きいのだろうなあと思いつつ、師と呼びたい人、というか、この人の仕事であれば、無条件にまき衛門の感覚を満たしてくれる、と思える園芸家の存在を、まき衛門はまだ知りません。

もちろん尊敬すべき方々はたくさんいます。すごいなあって思う方もたくさんいます。著名なガーデナーの作品を拝見するにつけましても、いつもかなわないなあって打ちのめされております。また、今の園芸界はどんどん新しい才能が開花していて、刺激的なのですけれども、どうしようもなくわがままで気分屋なまき衛門的に、まき衛門の感覚を寸分たがわず満たしてくれる園芸家って、まだ出会えていないのです。

で、迷いと悩みの糸をよりよりして悶々としておりましたところ、あ、これって、霧を晴らすきっかけになるのかもしれないと思う作品に出会ったのでした。というか、出会いがしらに胸ぐらをつかまれて一本背負いされた感じと申しましょうか。

それはですね、庭でも、寄せ植えでも、盆栽でもなくて、新日曜美術館で紹介されていたアボリジニの画家、エミリー・ウングワレーのアクリル画なのでした。オーストラリアの赤い大地の上で自然と交感しながら生きた女性の、命や祈りや世界観や人生がまるごと叩きつけられたような、それでいて繊細でしなやかで、開いた口がふさがらないくらいとても魅力的な作品なのでした。

それはテレビの画面を通してのとても間接的なことでしたけれども、それでも、その作品群の持つ力が、ぐいぐいとまき衛門をひき込み、またぐいぐいとまき衛門を圧してくるのでした。

それはエミリーが、足の裏で常に大地と、そしてその歴史と、繋がっていた強さだと思えてならなかったし、大地と繋がることはつまり宇宙の力と繋がっているに他ならないと思えてなりませんでした。

そしてね、その作品たちに猛烈に会いたくなったのですけれども、今は国立新美術館まで会いに行くことはできないので、またいつの日か会えることを切に願いつつ、ふと自分のことをふりかえってみたりしたわけです。

私も、足の裏でこの土地とつながりたいなって。そして、そこから湧き上がってくるちからで、生きたいなって。そしてその力を信じたいなって。噂によると、九州って、大地の持つ力がとても豊富なのだとか。だから生命をとても元気に育むのだとか。そんな力に身をまかせて在る、植えもん屋でありたいなって思い始めました。やはり行き着くところは自然が師、ということかなあと。だってね、著名な園芸家の方々は、一度東京(あるいは世界のどこかのマスメディアの発信地)というフィルターで濾されて世に出た方々なわけで、この地のために存在する園芸家の方々じゃないですものね。まき衛門の感覚とぶれがあっても当たり前だよな~と。

などと不遜なことを考えつつビールを飲む夜は更けていくのであった。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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2008年6月16日 (月)

おしえておじいさん。

みなさまこんばんは。

え~、昨日、ちょっとした外仕事の帰りに、とある神社に立ち寄ってまいりました。藤の花の頃はたくさんの見物客でにぎわうその神社ですが、普段はとても静かで、なんだかいいところだなあって思いましたので、ご紹介しようかなあと。

080614_14530001 境内にはこのように、地上に走る根っこがいかす木々がありまして、神社そのものもなかなかいい感じだったのですけれども、

080614_14450001なによりも神社をとりまく風景そのものにまき衛門はすっかり魅了されてしまいました。

080614_14460001 自分の立つ足元のすぐ横を、こんなにきれいな水がふつうに流れている、ということの高揚感と安堵感と。そして、本当に何気ない木々の存在がとてもよくて、なんだかとっても嬉しくなっちゃいました。

カジカガエルの繊細な鳴き声もそこここから聞こえてきましてね。

080614_14490002_2 そして昨日は土曜日だったので、近所の子ども達がこの川にかかる石橋で釣り糸を垂らしていました。「何が釣れるの?」って聞いたら、「ハエ」と答えが返ってきました。

「いい遊び場があっていいね」って声をかけてその場をはなれたのですけれども、こんな場所を原風景として育っていけることを、本当にうらやましいなって思ったのでした。

最近、まき衛門は、なんというか、こういう人と自然が近しい場所を、すごく欲していて、そして、そこの地元住民でもないのに、どうやったらこういう風景とか、人の営みをつなげていけるのだろうかと考えてみたりしています。

でも、今のまき衛門はあまりにも無知だし、あまりにも無力なわけです。

ということで、生態系のこととか、食物連鎖のこととか、自分達をとりまくたくさんのことたちの関係性を、一度がっつりと勉強してみたいなあと思い始めました。この世に存在する物事の仕組みを、ただ感じるだけじゃなくて、きちんとした筋道として知りたいなって思っちゃうわけです。

でも、それは何をどうしたらいいのでしょう。小学校の算数でさえ意味不明で挫折したまき衛門なのでございます。高校の生物の時間にメンデルの法則で頭が混乱し、いまだに修正できてないまき衛門なのでございます。ああ、果たしてこの淡い夢の行く末やいかに。

まき衛門がハイジだったら、「口笛はなぜ遠くまできこえるの?あの雲はなぜ私を待ってるの?雪の山なぜバラ色にそまるの?あの風はどこにかくれているの?眠るときなぜ星はそっと見ているの?わらの中なぜいつもあったかいの?」とおじいさんを質問攻めにすることもできるでありましょうに。

ま、要するになにか始めたいという話なんですけどもね。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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2008年6月13日 (金)

月の言霊。

みなさまこんばんは。

さきほど久々に屋根でおビールをいただく時間を堪能したまき衛門でございます。

半月よりちょっとふっくらとしている今夜の月は明るくて、その下を次々とかすめていく飛行機の光り方が実にファンタスティックでございました。

薄い雲が広がっていたので星はあまり見えませんでしたけれども、しばらくじっと月と向き合っておりましたら、なんだか胸がじんじんと痺れるような気がしました。上手くいえませんけれども月の言霊を全身で浴びているような華やぎを感じたのでした。月が何か具体的に言葉を発しているわけではありませんけれども、なんというか、月そのものの存在自体がすでにメッセージなんじゃないかなって、思ったりなんかして。

よくぞこの地球に、月という衛星が寄り添ってくれたものだ、と思うと泣けてくる。なんという偶然。そしてなんという必然。

そして月の言霊は、まき衛門に「一員なんだよ」って言ってくれているような気がしました。「月である自分は地球の引力にひかれてここにいる。まき衛門であるあなたも、地球の引力にひかれてそこにいる。そして太陽の光を共有する。互いに、不思議なえにしで同じ範疇にいる、宇宙の一員なんだよ。」って。

春からずっと、ほとんど休みなしで接客に明け暮れて、まき衛門はなんだかからっぽになりかけていました。接客というのは、とても緊張します。と同時に体からいろんなものを放出する行為だといつも思うのです。声や、情報や、思いやいろいろなこと。また接客というのは飽和状態になることでもあるようです。お客様が発する情報や善意や悪意や、いろんなものを全て吸収しながら向かい合う日々。

最近そういうことにすごく疲れを感じていて、一日でいいからゆっくり人のいない自然の中に身をおきたいなあと思うのですけれども、なかなかそうもいかない日々が続いております。このままだと、ちょっといっぱいいっぱいになっちゃいそうだなっていう気もして、やばい感じなのですが。

でも、今日の月光浴は、ちょっと元気になれたかな~と。月の光が体内の空気を入れ替えてくれたような。まるっと一日休めるその日まで、もうちょっと頑張れそうですな。やっぱり月ってすごい。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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2008年6月11日 (水)

価値観。

みなさまこんばんは。

え~、気分のほうがのってまいりましたので、本日2回目の更新です。

さて、クイズです。

048 ここはどこでしょう。

023 カワラナデシコやホタルブクロも咲いています。

031_2 こちらはムラサキツユクサ。

047_2 原種に近いクチナシは、濃厚で甘やかな香りを漂わせていました。

035 点在する切り株は、

045 ハートグラスに囲まれていい風情。

038 めだかが泳ぐ小さな池もあります。ここではヤゴがトンボになる光景も見られるとか。

028人の歩く通路もあります。

036 その向こうになにやら建物が。

002実はここは市役所の低層階の屋上なのです。

公園緑地課の知人が屋上緑化を提唱して始めたもので、今年で三年目になるのだとか。ずっと前から見においでって誘われていたので、今日行ってきました。

052 市役所の隣の城跡公園の緑も借景に、奥行きのある緑化空間が広がっていました。

案内してくれたYさんは、植えもん屋が出店する春のイベントを毎年担当する人で、のらりくらりと仕事をするただの変なおじさん、みたいな人なので、いつもからかって遊んでたのですけれども、実はすごく仕事ができて、都市緑化について質問すると何でも答えてくれるたのもしい兄貴なのでありました。

そのYさんが、「屋上緑化を庭園としてつくっていくのか、自然にまかせて原っぱみたいにしていくのかは意見がわかれるところだけど、私はあるがままがいいと思う。ここは雑多な植物が競い合いながら、なおかつ助け合って生きている。ひとつの種だけでは生き残れない。互いを利用しながら生き延びていく、その姿がいいんですよ。ここには虫も来るし、鳥も来る。いろんな種も運ばれてくる。草は抜きません。虫もそのままです。いつもいくつかの植物が消えたり増えたりしながら空間が変貌していく。だから面白い。もちろん、きちんと手入れして、見栄えのするようにしろという意見もありますけれど、私がそうはさせないんです。これでいいと思うから。」と言っていました。

この地方はとても田舎で、みどりも豊かにあるけれど、過剰なまでの都市開発が続いていて、実は自然がどんどん失われているのです。

「遊びのようなこんな無駄な空間が、実はこれからの人間にもっとも必要な空間だと思います。」とYさんは言っていました。

この贅沢な遊び場はもちろん公開されているので、公園緑地課のYさんにひとこと「見せて」、と言えばいつでも楽しむことができます。

こんな価値観の持ち主Yさんが市役所にいて、この時代のこの公園緑地課にいることを、まさにこの地方の運命だと思ってみたまき衛門なのでございました。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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永遠のように短い7分間。

みなさまこんばんは。ちょっぴしご無沙汰いたしておりました。

え~、実は昨日てれびじょんに出演させていただいたまき衛門でございます。某国営放送の地方局の、お昼前の情報番組内の、7分間のコーナーなのですけれども、キッチンコンテナガーデンについて実演をまじえてご紹介する、というものでございました。しかも生放送。あなおそろし。

約2週間前に、知人を介して出演のご依頼をいただきまして、最初はですね、季節のおすすめ植物のご紹介程度のことらしいとの話でしたので、そのくらいならあまり緊張もしないであろうとやや気軽にお引き受けしたのですけれども、なんだか放送局のえらい方が家庭菜園にはまっているのでそのテーマでやってください、ということになってまいりまして、で、植え方の実演もやってくださいみたいな話になりまして。

それから大騒ぎの日々だったのでございます。

生放送での実演ならコンテナガーデンがいいだろう、いうことで、ミニトマトを中心としたバジルとダークオパールバジルとパセリとナスターチウムの寄せ植え、という話になり、どうせならおしゃれっぽくしてほしい、みたいなこともご注文いただいたので、コンテナは弟に木材で手作りしてもらうことになって、で、育てた野菜で作るサラダの映像もあったら素敵ですね~とのリクエストもあったので、お洒落的サラダパスタも作らなくてはならなくなって、そういうことが得意な叔母におがみたおして助けを求めたりもして。

で、実はまき衛門はかなりのあがり症なのですけれども、例えば大失敗してまき衛門をテレビ局の方に推薦してくださった知人の顔をつぶしてはいけないし、とか、いろいろと協力してくれた家族や親戚の気持ちを無にしてはいけないし、などと気負ってしまって、プレッシャーのあまり本番3日前にはめまいと熱でダウンしてしまう阿呆ぶり。ああ、情けなや。

でもでも、なんとか回復しまして、本番当日、とても明るくてきさくな美人キャスターのおねえさんと、とても優しいスタッフのみなさんのおかげで、なんだかとても楽しくなってしまって、緊張はしたものの、あっという間の7分間。ということできちんとお役目を果たすことができたのでした。心配していた植物達のコンディションも驚くほど好調で、植物達にも応援してもらっている心地がしたりもして。

まずは一安心、というところなのですが。

さて、その番組終了後の反応はといいますと、いたって静か~なものでございました。久しく会っていない親戚や友人から「てれびに出てたね~」という電話とメールが2~3本あったくらいで、あとはきわめてふつ~でございます。

ま、平日のお昼前、という日常に埋没した時間帯の番組ですのでね~。てれびを見ている人なんてほとんどいないんじゃないかって思うのでした。というか、そのくらいのほうがかえってまき衛門的にはいいのかなって思うのですけれども。気楽ですし~。おほほほほ。

尚、今回ちょっとだけタイトルでかっこつけてみましたことをご了承ください。

それでは本日はこれにて。みなさまごきげんよう。

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2008年6月 2日 (月)

ある朝。

Photo 育苗畑の

誰もがそこにあることすら忘れていた器の中で

睡蓮の花が咲いていました。

時折、植物から

無償の愛を手渡されているような気がします。

多分、わたしたちは

彼らに何も報いることはできないのだけれど。

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